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最高裁判所第一小法廷 昭和42年(オ)851号 判決 1968年6月27日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人青木平三郎、同大矢和徳、同前島剛三、同佐藤典子、同小山明敏の上告理由(昭和四二年六月二四日付)第一点について。

旧借地法一二条(昭和四一年法律九三号による改正前のもの)による地代増額請求権の行使によつて適正額の増額の効果が生ずるのは、増額請求の意思表示が相手方に到達した時であつて、裁判によつてはじめてその増額の効果が発生するものではないことは、当裁判所の判例(昭和三八年(オ)第一三六五号同四〇年一二月一〇日第二小法廷判決民集一九巻九号二、一一七頁参照)とするところである。

したがつて、被上告人らの先代恒川正義が前訴の第一、二審判決が適正額と認定した額をもつて催告した本件事実関係のもとでは、上告人は右適正額の増額分をもつて地代を提供する義務があるのであるから、上告人がその適正額の四分の一に満たない従前の地代額を提供したのみであつて、しかも他に信義則上これが債務の本旨に従つた履行の提供とみられるような特段の事情がないことを理由として、上告人の債務不履行及びこれによる賃貸借契約の解除を有効と認めた原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ)の判断は相当である。現行借地法一二条二、三項が新設されても、同条項施行前の増額請求である本件事案については、右判断と異なつた見解をとるべきではなく、前記判例を変更する必要はない。論旨は、結局、当裁判所の採らない独自の見解を主張するものであつて、採用できない。

同第二点について。

所論一については、既に右第一点の論旨に説示したように、本件契約解除の効果は判決確定前に発生したものであるから、その後の供託が右解除の効果を左右しないとした原審の判断は相当であつて、原判決には所論違法はなく、論旨は採用できない。

所論二については、原判決がいう特段の事情とは、賃貸借契約解除の意思表示の際の事情と見るべきであるから、その後の事情は解除の効果を左右するものでないとした原審の判断は相当であり、原判決には所論違法はない。論旨は、理由がない。

同第三点について。

所論一については、所論の点に関する原審の認定は、その挙示する証拠関係に照らして首肯でき、原判決には所論違法はない。所論は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し採用できない。

所論二の(一)の上告人の主張は、前訴の上告の理由を述べたものに過ぎないことが本件記録上明らかであるから、原審が右主張部分を独立の主張として判断しなかつたからといつて、何ら違法はない。

同第四点について。

原判決によれば、上告人所論一の主張は第一審判決事実摘示に記載する主張と異なる新たな主張とは見られないので、この主張についての第一審判決の判断を正当として引用している以上、原審も判断しているものということができ、原判決には所論違法はなく、論旨は、採用できない。

前同上告代理人らの上告理由(昭和四二年六月二八日付)について。

第一の一ないし九については、すでに前記上告理由第一点(昭和四二年六月二四日付)について説示したように、論旨は独自の見解であつて採用できない。また所論のうち違憲をいう点は、その実質は単なる法令違反の主張にすぎず、原判決にその違法のないことは右上告理由第一点で説示したとおりであるから、論旨はいずれも採用できない。

第一の一〇については、本件においては信義則上債務不履行とみられないような特段の事情は認められないとした原審の判断は、原判決の適法に認定した事実関係に照らして是認でき、原判決には所論違法はない。所論は、原審の認定しない事実を主張するか、又は独自の見解を主張するにすぎないもので、採用できない。

第一の一一については、賃貸人が、賃貸借契約解除の意思表示をした後に、右解除の効力を争う賃借人が右解除の日以降の賃料として供託した金員を受領した場合であつても、賃貸人が右受領により賃貸借の解除の効果を消滅せしめ又はその時新たな賃貸借契約を締結したものと認めるべき特別の事情があれば格別、かえつて、右供託金受領の前後を通じて賃貸借契約が解除されたことを主張して建物収去土地明渡訴訟を維持している本件の場合には、右金員の受領は右解除の効力に影響はないものというべきである。したがつて、論旨は採用できない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長部謹吾 裁判官 松田二郎 裁判官 岩田 誠 裁判官 大隅健一郎)

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